
【銘刀伝説】鬼の片腕を落とした銘刀。鬼切丸。
まんがにもなった鬼切丸。唯一鬼の肉を断つ鬼切丸で、名無しの鬼が少年の姿で同族の鬼を殺していくという物語でした。
禍々しいタッチの鬼が退治されていくのが面白くなんだか引き込まれました。
鬼切丸まさに、鬼を断つ刀そのもののネーミング。興味が湧きます。
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鬼切丸ってどんな刀?
モデルの鬼切丸は、鬼の片腕を落としたと言われる長さ2尺7寸(約80cm)にもなる大刀です。
鬼切丸の逸話は、平安時代にさかのぼります。最初の持ち主の坂上田村麻呂が、この刀で鬼女の鈴鹿御前を討伐したことから始まります。
坂上田村麻呂は、その後、鬼切丸を伊勢神宮に奉納しましたが、200年ほど後、の武将、源頼光が、夢のお告げを受けて、伊勢神宮から受け取ったとされています。
源頼光以後も源家に伝えられ、勝利をもたらす宝剣として代々伝えられたそうです。
渡辺綱と鬼切丸
「髭切」が「鬼切丸」と呼ばれるようになったのは、源義光が、配下の渡辺綱に、当時鬼が出ると噂される京都での仕事を依頼し、用心の為「髭切」を持たせた所、一条通り堀川の「一条戻り橋」で鬼に襲われ、「髭切」で鬼の腕を切り落とす事に成功。鬼は斬られた白い毛が隙間なく生い茂った、毛むくじゃらの腕をそのままに、住処にしている愛宕山に逃げ帰ったという逸話からです。
後日、腕は、鬼に取り返されたといわれていますが、鬼の腕を切り落とす銘刀として鬼切丸と改名されました。この鬼は、茨城童子といいしばしば、能狂言にも登場する鬼でした。
渡辺綱は、源頼光が、大江山に住む酒呑童子の討伐にもお供した猛者。よくよく鬼に縁がある武人ですね。鬼に縁がある武将と鬼切丸。なんだか相性ピッタリですね。
鬼切丸の現在
源家以後は、東北の戦国大名の最上家の家宝となりましたが、明治の混乱期に最上家を離れ持ち主を転々としましたが、今は、京都の北野天満宮に奉納され、大切に保管されているそうです。
その間、鬼との逸話はありませんが、鈴鹿御前、茨城童子2人の鬼女を切った刀それが鬼切丸です。
北野天満宮は、学問の神様として有名な神社で、学生の時はよくお参りしましたが、鬼切丸が保管されているとは知りませんでした。身近な所に以外なものが祭られているのですね。今度、訪れる時にロマンに浸れそうです。

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