巌流島の決闘!
巌流島の決闘と言えば宮本武蔵と佐々木小次郎をイメージしますね。
宮本武蔵がわざと遅刻をして、イライラしている佐々木小次郎を惑わせて勝利したくらいの
お話は聞いたことあると思います。
巌流島の決闘って本当なの?
これって間違いなんですよ。
決闘はしています。宮本武蔵と佐々木さんは。
何が違うのかと言いますと、対決相手が違うんですよね。
宮本武蔵の決闘相手は佐々木小次郎ではないんですよ。
大剣豪とまで言われた宮本武蔵の「五輪書」にも佐々木小次郎という名前はないんですよ。
「岩流」という流派の誰かと決闘したと書かれています。
宮本武蔵も佐々木小次郎も実在した人物ですけれど、お互いに会ったことのない二人です。
燕返しって何?
ならあの燕返しは何でしょうか?なりますけれど、燕返しという技はないんですよね。
正式名称は「虎切り」という技です。
相手に近づき叩きつける、そのあと下からすくいあげるという技ですね。
昔の鎧、甲冑は被る感じだった為、下は中が丸見えだったのです。
二段階攻撃という感じですね。
武蔵は遅刻したの?
因みに宮本武蔵は決闘には遅れていません。
宮本武蔵はオールと長い木の棒で対決して燕返しいわく虎切りの一刀目振り落としたあと、
相手の頭に叩きつけて勝利しました。
気絶していた対戦相手が目を覚ますと、密かに隠れていた宮本武蔵の仲間がトドメをさしたそうです。
宮本武蔵の作戦なのでしょうか?
佐々木小次郎は?
一方、佐々木小次郎は身長が150㎝くらいの小柄な人で、小太刀の使い手です。
物干しと呼ばれる長い太刀を使うことはないと思います。
あと佐々木小次郎と対戦していましたら、おじいさん相手になるんです。
佐々木小次郎の方が先に生まれていますので、話が合わないんです。
事実、このお話は宮本武蔵の死後数百年後に
対戦相手は飲み会の席で著名人の方々が「佐々木小次郎」と決めたそうです。
私が知ってる巌流島の決闘って何だったのと思っています。
まとめ
巌流島の決闘は有名ですけれど、これも歌舞伎や小説の後付けなんです。
小説の方では当時は、名前がはっきりしていない為に「佐々木」、「岩流」としか記載がありません。
佐々木小次郎の燕返しも佐々木小次郎の技ではなくて、対戦相手の技で、
名前も虎切りという名前です。
真実って何でしょうかと思っている私ですけれど、これは一体どういうことなのか知りたいと思っています。
楽しめれば良いのですけれど、今1つ納得がいかないと思っています。

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