童子切安綱とは? 酒呑童子を斬ったと伝わる名刀

童子切安綱を構える源頼光と酒呑童子の対決を描いたデフォルメイラスト

こんにちは、こはくです。

前回は、源頼光と頼光四天王が大江山へ向かい、鬼の頭領・酒呑童子を退治する物語を紹介しました。

では、その酒呑童子を斬った刀は、いったいどんな刀だったのでしょうか?

「童子切安綱(どうじぎりやすつな)」です。

名前からして、いかにも鬼退治に使われた刀という感じがしますね。

ところが、この童子切安綱。単なる物語の中だけの刀ではありません。

なんと現在も実物が残っています。

しかも国宝に指定され、「天下五剣」の一つに数えられる日本を代表する名刀なのです。

童子切安綱とは?

童子切安綱は、平安時代に伯耆国(現在の鳥取県西部)で活動した刀工・安綱が作ったとされる太刀です。

現在は東京国立博物館が所蔵しています。

正式には「太刀 銘安綱(名物童子切安綱)」といい、国宝に指定されています。

刃長は80.0センチ、反りは2.7センチ。東京国立博物館では平安時代・10~12世紀の作品とされています。

柄に収まる部分の「茎(なかご)」には、「安綱」の銘が刻まれています。

安綱は、日本刀が現在知られるような姿へと発達していった時代に、伯耆国で活躍した刀工です。その安綱の最高傑作の一つとされるのが、この童子切安綱なのです。

東京国立博物館所蔵の国宝・童子切安綱の佩表。反りのある刀身と茎の実物写真

太刀 銘安綱(名物童子切安綱)・佩表/東京国立博物館所蔵。画像:国立文化財機構、出典:ColBase(Wikimedia Commons経由)、CC BY 4.0。加工なし(表示サイズのみ調整)。

なぜ「童子切」と呼ばれるの?

「安綱」は刀工の名前。では、「童子切」とは何でしょう?

もちろん、ここでいう「童子」とは酒呑童子のことです。

伝説では、源頼光が大江山の酒呑童子を討伐した際、この刀で酒呑童子の首を斬ったとされています。

そのため、「酒呑童子を斬った安綱 → 童子切安綱」と呼ばれるようになったと伝えられています。

前回の記事を読んでいただいた方なら、「あの酒宴のあと、眠った酒呑童子に斬りかかったときの刀?」と思いますよね。まさにその刀ということになります。

本当に源頼光がこの刀で酒呑童子を斬ったの?

「源頼光も実在した人物」「童子切安綱も実在する刀」。それなら、源頼光が本当にこの刀を使った可能性もあるのでは? と思ってしまいます。

ところが、ここは少し慎重に考える必要があります。

源頼光は平安時代中期に実在した人物です。童子切安綱も、東京国立博物館では平安時代・10~12世紀の太刀とされています。

しかし、「源頼光が童子切安綱を使って酒呑童子を斬った」という出来事を、頼光の時代の記録で確認できるわけではありません。

そもそも酒呑童子退治の物語自体が、源頼光の時代から何百年も後の室町時代に成立したと考えられています。

そして江戸時代に作られた名刀の記録『享保名物帳』には、「童子切安綱」として、源頼光が丹波国の大江山で酒呑童子を斬った刀だという伝説が記されています。

つまり、刀そのものは非常に古い。しかし、「この刀で酒呑童子を斬った」という話は後世に伝えられた伝説、ということになります。

実在する人物、実在する名刀、そして鬼退治の物語。それらが長い年月の中で結びついて、「童子切安綱」という名刀の伝説が形づくられていったのでしょう。

童子切安綱は「天下五剣」の一つ

童子切安綱には、もう一つ有名な肩書があります。それが「天下五剣」です。

天下五剣とは、古くから特に名高い5振の名刀を指します。

・童子切安綱

・鬼丸国綱

・三日月宗近

・大典太光世

・数珠丸恒次

日本刀が好きな方なら、一度は聞いたことのある名前ばかりではないでしょうか。

「天下五剣」は、古くから名刀と知られ特に名高いこの5振をまとめた呼び名です。

童子切安綱は、その天下五剣の一つに数えられるほど高く評価されてきました。

秀吉、家康の手にも渡った童子切安綱

童子切安綱が面白いのは、鬼退治伝説だけではありません。この刀には、その後もそうそうたる人物が関わっています。

東京国立博物館の資料によれば、豊臣秀吉、徳川家康、徳川秀忠が所持し、その後、越前藩主・松平忠直へ贈られ、のちに津山藩松平家へ伝わりました。

源頼光が本当に所持していたかどうかについては伝説として考える必要がありますが、少なくとも後世、この刀が大切な名刀として受け継がれてきたことは分かります。

鬼を斬ったという伝説だけで有名になった刀ではなく、実物そのものが名刀として高く評価され続けてきたのですね。

そして童子切安綱は今も残っている

長い年月を経て、童子切安綱は現在、東京国立博物館に所蔵されています。

もちろん、「この刀が本当に酒呑童子の首を斬った」と証明することはできません。

しかし、平安時代に作られたとされる刀が、およそ千年もの時を越えて現代まで残っている。

さらに、酒呑童子の物語を何百年もの間、人々が語り継ぎ、その物語と結びついた刀が今も目の前に存在する。

そこに童子切安綱の大きな魅力があるのではないでしょうか。

鬼を斬った刀は、童子切だけではない?

さて、源頼光には「童子切安綱」。では、頼光とともに酒呑童子退治へ向かった頼光四天王はどうでしょう?

四天王の中でも特に有名なのが、渡辺綱(わたなべのつな)です。

実は渡辺綱にも、「鬼の腕を刀で斬り落とした」という有名な伝説があります。そして、そこにもまた「鬼」と深い関係を持つ日本刀が登場します。

今回は、源頼光と童子切安綱を紹介しました。
渡辺綱にも、鬼を斬った刀の伝説があります。鬼退治と日本刀の話は、まだまだ続きます。

参考資料

記事作成時に参照した資料です。本文と分けて掲載しています。

e国宝 太刀 銘安綱 名物童子切安綱

e国宝 - 太刀 銘安綱(名物童子切安綱)
文化財高精細画像公開システム(「e国宝」)

国立文化財機構 ColBase 太刀 銘安綱(名物童子切安綱)

ColBase

東京国立博物館 トーハクくんと童子切安綱

https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2018/12/21/トーハクくんと童子切安綱/

見学の際は、所蔵と展示を区別し、東京国立博物館の最新の展示予定をご確認ください。

お辞儀をして挨拶する白狐のこはく

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