
日本で最も有名な鬼といえば誰でしょう? 鬼ヶ島の鬼も有名ですが、名前まで知られている鬼となると、酒呑童子ではないでしょうか。しかも、酒呑童子を斬ったと伝わる刀は、今も残っています。その刀こそ、天下五剣の一つ「童子切安綱」です。
こんにちは、こはくです。今回は、先日紹介した源頼光と4天王が鬼を退治する物語をたどります。
酒呑童子はどんな鬼
酒呑童子は有名な鬼ですね。古くは『大江山絵詞』から現在のアニメや映画等度々出てくる鬼です。
昔、都では人々が次々と姿を消す事件が起こっていました。安倍晴明が占ったところ、その犯人は大江山に住む「鬼王」だとされます。その鬼王こそ、酒呑童子でした。
そこで、事態を解決するため、朝廷から討伐を命じられたとされるのが源頼光です。物語では渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武の四天王に藤原保昌を加え、大江山を目指します。
頼光たちは山伏に変装した
「よし、大江山の鬼を討ち取るぞ!!」というように、桃太郎のように正面切って攻め込んだわけではありません。向かう途中で出会った老翁(おきな)の助言もあり、山伏に身を変えて鬼のすみかへ向かいます。道中では八幡・住吉・熊野の神々の助けを得たと語られます。
鬼の館に入り込むには、姿を隠す必要があったのでしょう。物語は、力比べよりも駆け引きとなってきます。
鬼を眠らせる不思議な酒
頼光たちは山伏に身を変え、大江山の奥へと進みます。途中、酒呑童子に捕らえられていた女性から鬼のすみかを聞き、ついにその館へたどり着きました。
もちろん、突然現れた山伏たちを鬼も警戒します。頼光たちは素性を尋ねられますが、山伏として振る舞い、酒呑童子の館へ客として迎え入れられました。こうして酒呑童子たちとの酒宴が始まります。
頼光達は、鬼には毒となる不思議な酒を飲ませます。鬼たちが酔って動けなくなったところで、頼光たちは討伐に踏み切ります。この酒は、物語によって「神変鬼毒酒」と呼ばれます。
眠っているところを襲うなんて、少し複雑な気持ちになりますが、それほど頼光にとって鬼は強大な存在だったのです。頼光は、正々堂々と力でねじ伏せるヒーローというより、策略を駆使し物事を解決する策略家の一面も感じられます。
こうして、酒呑童子は頼光達に打ち取られたのですが、酒呑童子の側にも、語る言葉がありました。
鬼にも言い分がある
酒呑童子の最後は、物語毎で違います。
古い絵巻『大江山絵詞』では、酒呑童子は頼光たちとの酒宴で、かつて平野山を代々の住みかとしていたものの、伝教大師に追われ、移った先からも追われて大江山へ来た、と身の上を語ります。「自分たちにも暮らしていた場所があった」という言い分です。
また、能『大江山』では、童子は山伏姿の頼光たちを館に迎え、酒宴を開きます。襲われたとき、客僧たちが偽りはないと言っていたのに、と欺かれたことを責めます。「鬼神に横道なきものよ(鬼でさえ道理に外れたことはしないものだ)」という言葉は、その悔しさを伝える印象的なせりふです。
もちろん、物語の酒呑童子は人々をさらい、苦しめてもいます。言い分を知ることは、その行いを正当化することではありません。それでも、鬼の側の声を聞くと、この物語は勧善懲悪だけでは語りきれないものに見えてきます。
まさに、「立場によって正義は変わる」という言葉の通りです。
酒呑童子の最期と童子切安綱
酒呑童子は首を落とされ、頼光たちの鬼退治は終わります。その際、首がなお頼光に襲いかかり、兜がそれを防いだという語りも知られています。
この鬼を斬ったと伝えられる太刀が「童子切安綱」です。国宝の太刀「銘 安綱(名物 童子切安綱)」は現存し、東京国立博物館が所蔵しています。「童子切」という名は、頼光が酒呑童子を斬ったという伝説に由来します。刀が実在することと、その刀で鬼を斬ったことが歴史的に証明されたことは別です。
鬼は物語の中ですが、使った日本刀は実在し見ることができる。不思議ですね。
酒呑童子は本当にいたのか
酒呑童子という鬼が実在し、頼光が討ち取ったと確認できる史料はありません。東京国立博物館によれば、酒呑童子の物語は南北朝時代から室町時代に成立したとされ、のちに『御伽草子』にも収められました。頼光が生きた平安時代より後に、よく知られる物語の形が整ったのです。
頼光は実在した平安時代の人物ですが、この鬼退治まで歴史上の出来事だったという意味ではありません。歴史上の史実と物語のお話は、分けて考えることが大切ですね。
実在した源頼光、現存する太刀、そして後世に育まれた鬼退治の物語。その三つが重なっているところに、酒呑童子伝説のおもしろさがあります。
こはくは、「童子切安綱」についても詳しく知りたくなりました。折をみて調べてみようと思います。
関連記事:源頼光とは 実在の武将が伝説の英雄になった理由は[源頼光とは? 鬼退治の英雄と頼光四天王、名刀・童子切安綱]にも記載してあります。
参考資料
東京国立博物館 1089ブログ「国宝 東京国立博物館のすべて」刀剣展示紹介


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